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2019_06
30
(Sun)14:48

ナミヤ雑貨店の奇蹟

金曜日に友達とLINEでやりとりしていて、最後に彼女から「そういえば今日ナミヤ雑貨店の奇蹟やるんだよね。見たいような、見たくないような」という言葉が…。
私からの返信は「見たい…原作がいい。見たくない…キャスト?(笑)」
それに対する彼女の言葉は「それそれ。 店主のキャスティングがどうも…」

そうでありながらも、最後は、結局お互いふたりとも「録画予約はしてある」…だった(;^ω^)


彼女がその録画を見たかどうかはまだ聞いていないけれど。

私は、見た!


確か、原作が「東野圭吾史上最も泣ける感動作」…って言われていたのかな?
それとも、それは映画化されたときの「映画用宣伝文句」だったっけ?
ま、どっちでもいいや。


個人的には、原作の小説を読んだときに、久しぶりに「読書」で感動。
そういう意味で、読了後さらに興奮した作品でもある。

今回の録画した映画を見た感想…すみません、涙は一滴たりとも…:(;゙゚''ω゚''):

あ、涙は出なかったけれど、尾野真千子さんによる同一人物の年齢別の演じ分けには、感動した。
朝ドラのカーネーションで、10代の頃の設定のときには、彼女はほんと10代にしか見えなかったから、この女優さんだったら、このまま晩年も絶対に演じられるだろうと思ったのに、なぜか交代。

NHKの担当者さんは見る目がないな~って思った<(_ _)>


おっと、話が逸れた。

先程、本棚の奥から、東野さんのこの原作本を引っ張り出してきた。
久しぶりに「小説」を楽しもう…(^^)v

2019_06
29
(Sat)12:33

続・今治タオル

今回の「今治タオル問題」…技能実習制度を悪用した、今治タオルの組合には加盟していないブラック企業の存在がある。

ところが、それだけでなく…。
「今治タオル」ブランドには、過去に別の問題があったことを、今回のことがきっかけで初めて知った。

今治のタオル美術館…そこへ行けばいろいろな種類のタオルが置いてある。
その美術館の運営は、今治のタオルの製造会社のひとつがやっているものであり、「今治タオル業界全体の美術館ということではない」ということは、以前から知ってはいた。

めっちゃ「商業的施設」のニオイがするところなので、めったには行かないし、有料ブースへはもちろん入らない。
が、今治のタオルが欲しいときにはミュージアムショップだけ立ち寄ることはあった。

まさか、その施設の運営会社が数年前に不正を行って、現在では「今治ブランド」を名乗れないことになっていたとは…(; ・`д・´)


かなり以前、大都会のデパートで、タオル美術館のタグがついたタオルマフラーを購入したときは、その商品、確かに今治タオルのコーナーに置いてあったはずなんだけど。

少し前にも、かなり久しぶりにタオル美術館に立ち寄り、アウトレットコーナーで相棒くん用のバスタオルを買い、長年タオルマフラーを愛用している私も、柄物のマフラーを買ってきたばかり。
ま、どちらの商品も気に入っているのでいいんだけど。

前にも書いたように、うちとしては「今治ブランド」の名前がついている、ついていないに関わらず、品質さえよければいいわけで…。

でも…。
「ブランド」としての基準を満たしていないのに、その認定ロゴを不正に使っていたなんて、許しがたいこと。


ま、長年今治のタオルを使ってきた人間には、基準を満たしていない「吸水性のないタオル」は、使ったらすぐにわかるけどね(笑)




で、今回のことで、いろいろ検索していて、もうひとつわかったこと。

汗っかきの私。
タオルマフラーは必需品で、とにかく夏場は枚数が必要。
外出用として、おしゃれなものも欲しい。

ということで、気にいった色柄のものがあれば、今治の会社のものではなくても購入してきた。

数年前、今治の道の駅で購入した今治のメーカーのタオルマフラーは、肌触りといい、色合い(単色だったけど)といい、今まででいちばん気に入った。
今までのものとは「レベル」が違うと思った。
それなのに、価格はお手頃。

ところが、そのとき買ったもののうち、1枚を出先で紛失。
食事する際には邪魔で首からはずすので、どうやらそのまま店に置き忘れてしまったらしい。

その失くした1枚の色合い(風合い)は、特に気に入っていた。
今年に入ってから、それらを購入した道の駅に寄ってみたが、お気に入りだったのと同じ色はなかった。
道の駅からはさらに遠いタオル美術館へ行けば、似たものがあるかもしれない、とわざわざ行ってみたものの、探していた単色のその色合いに似たものはなかった。


それからしばらく経った頃。
ふと、お店にないのなら、ネットで探せばいいじゃん…と。

すぐにそれを思いつかなかったのは、やはり「古い人間」…(苦笑)

そのタオルマフラーの製造会社の名前だけは記憶していた。
なぜって、今治タオルなんだけれど「みやざきタオル」という社名だったから(笑)
創業者のお名前だそうで…。

社名がわかっていたから、あとは簡単。
あっというまに、こんなに増えちゃった「みやざきタオル」さんの「今治マフラー」…(=^・^=)

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気に入ったものが手に入るだけで満足。
商品を入手する方法しか調べていなかった。

が、今回のことで、ここの会社のホームページをじっくり読ませていただいたら、なんと、ここがタオルマフラーを最初に作った会社だったそうで…(^^;)


ウォーキングを始めた頃から、ずっと愛用してきたタオルマフラー。
購入してきたのは、今治で製造している製品がほとんどではあったものの、ワタクシ、元祖の会社の製品にたどり着くまで、めっちゃ年月がかかってしまったみたい(苦笑)


それにしても…。

初めて使ったときから、ここのタオルマフラーは、今まで使ってきた中で、いちばん自分好みだ、と思った私…。
ホンモノがわかるオンナです…(たぶん…笑)。

2019_06
27
(Thu)22:01

相容れない人

日頃は、ささっとしか見ないネットニュースだけれど、「今治タオル」の件は、やはり気になる。
いつもはあまりしない「ネット検索」をしてみた。
いろいろな方々が様々な意見をお持ちのようで…。
ま、それは当然のこと。

だけど…。
このブログにおいて、見かけない訪問者がいらっしゃったみたいなので、それも調べたら、どうやら以前の今治タオルの記事に反応された方のよう。
アクセス解析ですべてが判明するわけじゃないものの、たまたまそのご訪問者様に関しては、居住地が特定できた。


う~ん…:(;゙゚''ω゚''):

もちろん、これはワタクシの想像にしかすぎないが…。
この居住地からのアクセスの意味は…。

「他者」に対し、隙あらばいつでも足をすくってやろうと、手ぐすね引いているのは「実体のない世間」というものだけとは限らないのね…。

もし、想像が当たっていて、そういうことだとすれば、それはもう実体があるもの…。
つまり、今ネット上で飛び交っている発言の中には、今の流れにただただ乗っかってみようか、というような単純なものだけではなく、意図的に準備されたというか、仕組まれた発言も含まれているのかも…。

怖っ…(;´▽`A``
そういう行為、ワタクシにはできない。




実体があるもので「怖っ」ということであれば、先日の「めざましクラシックス」での開場前、ロビーのひとり掛け用椅子に座っていた際、半分程度空いていたスペースに座らせろと迫ってきたおばさんも、そう…(◎_◎;)


あのとき、なぜ、そのおばさんが、そういうふうに言ってくるだろうな、と先にわかってしまったかというと…。
それは、私には予知能力がある……からではない(笑)


もう、相当昔のこと。
まだ国鉄の時代。
何の用事だったかは思い出せないが、当時住んでいた松山から高松へ行くことになった。
すでに特急列車も走っていた時代だったかどうかの記憶もないが、特急と急行の両方があった時代、私自身は特急に乗ることは絶対にしなかった。
料金が違うわりに、時間がめちゃ早いわけでもない。
違いは乗り心地だけ。
それなら、安い急行でじゅうぶん。

その日も、乗ったのは、もちろん急行列車だったことは憶えている。
ところが、前日までの数日間は残業続き。

その当時働いていた会社での私の業務は、月初めの5日間ほどだけは、仕事中にトイレへ行くのもがまんするくらいで、お昼のお弁当なんて5分で食べ終え仕事に戻るくらいで、もちろん残業で、超・忙しいもの…だった。

で、その業務さえ終わったら、あとは月末までは、ほぼ暇。
他の仕事内容は、電話番と簡単な事務作業のみ。

あ、ひとつだけ、単位が半端ない数字をそろばんではじく仕事(当時の事務所内には今のノートパソコンくらいの大きさの電源コードが必要な電卓がひとつしかなく、誰かがそれを使う可能性はしょっちゅうあったので、下っ端の私は、端から使う気がなかった…その後、急速に持ち歩ける電卓が普及する時代になった)も、私の担当だったが、それは月初の業務のように、何が何でも厳守という締め切り日があるものではなかった。



その日の高松行きは、その月初のハードな日々が終わった翌日。
乗車券を購入する際に指定席券も購入。
始発なので座れることはわかっていたが、普通席だと満席になってしまった後で、続々と人が乗ってきた場合、落ち着いて座っていられない。
もちろん、先に座った者が優先なんだけれど、残業明けのその日の私の状態は、後から乗ってきて座れなかった人の視線を平然と受けとめられるほど「元気」ではなかった。
とにかく、目的地の高松まで堂々と寝て行きたい。
それには指定席車両しかない。

急行列車なので、指定席でも4人掛け。
通路側ではあったが、進行方向に向かって座る席だったので、このまま寝ていくぞ~と思ったが…。

その日はありえないくらいの乗車率だったらしく、途中から指定席車両の方に入ってくる人がいた。
最初は、車掌さんがこの車両は指定席なので、普通席の方へ移動してくださいと言っていたが、あっというまに通路が埋まるくらいの人。
どうやら普通席車両の方は、もっとすごい状態で、通勤ラッシュ並みの混雑だったらしい。

そんな中、途中駅で乗車してきたのか、普通席車両から移動してきたのかはわからないが、私の座席近くまでやってきた婆さんと孫ふたり。
孫は、幼稚園児と小学校低学年くらいだったから、婆さんの年齢はおそらく今の私か、もっと若かったかも。
ただ、若かった当時の私には、その婆さんはけっこうな年配者には思えた。

その婆さん…図々しいという言葉しか思いつかないんだけれど…。


孫たちに対し「ほら、そこの席は少し隙間があるから座らせてもらいなさい」…と。
子供たちはためらっていたが、婆さんは無理やり子供たちを押し込んでくる。
子供に入りこまれた形になってしまった人が、「この車両は指定席なんですが」と言ったものの、婆さんはまったく動じない。
「小さい子供が座れないなんてかわいそうでしょ。あ、私も年寄りで立つのはつらいからここへ腰かけさせていただきますよ…」と、私の座席横の肘掛に、でっかい腰をおろした…。
で、私たちに対し、誰か席を譲れよと言わんばかりに、こんな座り方は疲れるだの、人が多すぎるだの…。
子供たちの侵入は許したが、さすがに婆さんに席を譲ろうとは、私も含め、誰も思わなかったと思う。
いくら「年寄り」とはいえ…。

その頃にはもう車掌さんの車内移動ができる状態ではなくなってしまっていたので、訴えることもできなかった指定席料金を払っていた我々…(; ・`д・´)

逆の意味で、前日までの疲れも完全に吹き飛ばされるような状況…(苦笑)

今の私だったら、車掌さんに訴えることができない状態でも、婆さん本人に、はっきり言うと思う。
小さい子供がかわいそうだから、あるいは年寄りだからという理由だとしても、指定席車両で有無を言わせず子供を座らせる、肘掛に腰掛けるというのはマナー違反だし、この行為は図々しいことである…と。

その列車に乗らなければならない事情はあったのだろうと思う。
指定席に乗りたくても、満席で買えなかったのかもしれない。
それでも、強引なまでのマナー違反、そして自分は弱者だということを強調して、他者に付け入るようなやり方は、私には受け入れられない。


そのとき、かわいそうだったのは子供たち。
幼いながらも、本当は座ってはいけない場所に自分たちは座っているということがわかっていた様子。




その婆さんの顔そのものは、もう憶えてはいないけど、(もうあちらに逝らっしゃっているはずなんでお会いすることもないだろう…苦笑)今回のロビーでの、「座らせろ婆さん」が私を見たときの表情に、かすかな記憶がよみがえった。
あのときの婆さんと同じ顔(表情)をしている、と思った。

あの急行列車事件(笑)をずっと憶えていたというわけではないけれど、やはりめったにあることではない経験だったから、記憶から完全消去することはなかったらしい。

2019_06
26
(Wed)13:10

風評

NHKの番組がきっかけで(NHKには落ち度はないと思うが)、ネット上では今治タオル不買運動にまで発展しそうな様子も見てとれるけど…(; ・`д・´)

地元ということもあり、以前から今治タオルを使う機会は多い。
その今治タオルが、いつのまにか「今治タオル」というブランドとなってしまい、あのマークがついた贈答用のものをいただいた場合なんかは「恐れながら、ブランドタオルを使わせていただきま~す」…みたいな気持ちになる。
マークがついたからといって、それまでと大きく変わったということはないのに(笑)



昔のまま「今治タオル」というだけだったら、こんな騒ぎにまではならなかったかのなあ?…と(;´・ω・)

今治タオル工業組合に加盟しているメーカーさんのタオルマフラーの愛用者としては、ネット上に流れる「不買運動をしよう」だとか「今までは愛用してきたけれどもう買わない」だとかの文言を見ると、そういう放送を見ただけで、なぜそこまで言えるのか?と…。


今回の騒ぎで、世間という実体なきものは、「名があって、実体があるもの」に対し、何かあれば「足をすくってやろう」と、いつでも手ぐすね引いて待っているということを痛感。

2019_06
25
(Tue)18:45

本日のライブ


2019_06
23
(Sun)13:56

クラシック「爆笑」コンサート(=^・^=)

昨夜のライブは「めざましクラシックスin高松」…でした。

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古澤さんのおかげで、クラシックへの壁が低くなった相棒クンが、このコンサートがあることを知り、行きたい…と。
行きたい理由は、ゲストが中村あゆみさんということもあったのかも…?

高嶋ちさ子さん…テレビで拝見する際の印象とは真逆で、めっちゃ繊細な音を奏でる方だった<(_ _)>
あそこまで軽やかで楽しく聴こえる「チャルダッシュ」は初めて…」かも(^^;
「チャルダッシュ」以外にも「ツィゴイネルワイゼン」「天国と地獄」等々、誰もが知っている楽曲ばかりで構成されたステージは、軽部さんと高嶋さんの面白いMCもあって、とても楽しかった。

チェロの西方正輝さんの「熊蜂の飛行」の速弾きと、ヴィオラの生野正樹さんのまるで歌のように聞えるっていうか、途中からは完全に歌…だったけど(笑)「千の風になって」の対決も最高(*^▽^*)

あのチェロの速弾きは素晴らしいテクニックだったけれど、場内からの大爆笑を取ったヴィオラのハモリもフツーの人にはできない技。


ゲストの中村あゆみさん…我々世代だと、一度は生で聴いてみたかったシンガー。
あのハスキーボイスがあんなに音域も広いとは…<(_ _)>
次は、ライブハウスでのロックバージョンを聴いてみたい。

それ以外にも、軽部さんと伊東えりさんのディズニー「美女と野獣」だとか、ピアノの伊賀拓郎さん、ヴァイオリンの今野均さんも加わっての「チューチュートレインダンス(あのくるくる回るやつの正式名称は知らないけど)等々、笑いの絶えないクラシックコンサート(^O^)/



で、それだけだったら、「大満足」で夜はぐっすり…だったはずなんだけれど。

昨晩見た夢は野外のライブ、それもイベント的なものに参加して、場内のいろいろな場所で行われる演奏を聴きに、全力で駆けずり回るというもの。

その理由はわかっている。


昨夜の会場の香川県民ホール(レクザムホール)大ホールの私が座った座席の肘掛け(正式には手すりという名称らしい。 確かにどちらが肘を乗せるかでもめる元にもなりうる代物。 私自身はひとりで行った場合は、絶対に肘は乗せない)が、昨夜座った座席のそれは、肘を乗せなくても、身体がちょっと当たっただけで、カタカタという音がする。
今回は私が通路側の座席だったので、個人的にはどっちの肘掛けでも使っていい状態だった。

クラシックコンサートでは、たとえ咳ひとつでもマナー違反。
そういう席に当たってしまったワタクシは運が悪かった?
それとも日頃の行いがよくない?


行いと言えば…(;^_^A


開演前、ロビーの椅子がひとつしか空いていなくて、相棒クンとそのひとつに半分ずつ腰を乗っけて座って開場を待っていた。
交代でトイレに行くことになり、相棒クンがトイレに立っていった後、おばさんがそこへ座らせてくれ…と。
おばさんと言っても、たぶん私とそうは違わないくらいの年齢。
その方は、入口からしゃかしゃかと歩いてきて、周りを見回した後、なぜか私にターゲットを絞った様子。

人間観察に長けているワタクシ、おばさんの次の行動が読めてしまった(笑)

さっきまでそこに相棒クンが半分腰を乗せていたのだから、確かに椅子の端の少しの部分が空いてはいた。
でも、どうみてもひとり掛け用椅子。
親しい間柄であれば、ふたりで座ることも不可能じゃない。
だから、我々はふたりで腰かけていたわけで。

ただ、椅子の形状上、見知らぬふたりが座るには無理がある。

あのおばさん、こっちへ来て、この少し空いたスペースに座らせろっていうだろうな、という予想は大当たり。

ワタクシ、それほど意地悪したつもりはないのだけれど、一応先に相棒クンが座っていた場所だし、私自身も見知らぬ図々しい方と身体を密着させて座りたくはなかったので、主人がすぐ戻ってくるんですけど…と丁重にお断りした。

その結果、おばさんはめっちゃ「怒り」の表情を見せ、外へ出ていった。
身体中から怒りの炎が見えた(気がした)…苦笑。
外にはかなり離れた場所にベンチがあるから、そこへでも行った?
本当に座りたければ、建物内に喫茶店もあるんだけれどなぁ~。

でも、なぜ私にだけ?
他の椅子にも、みなさんおひとりずつお座りになっているのだから、そんなに座りたかったのなら、他の方にも頼めばいいじゃん。

たぶん、私が「お人好し」で「気の弱い人間」に見えたのだろうと思う。

私とて、相手の状態を見て、必要と判断したら、即、その場で立ち上がり、その場(椅子)をお譲りする。
頼まれなくても、そうする。

しかしながら、どうみても、そのおばさん、私とほぼ同年齢。
しかも、私よりも健脚そう。
そして、何よりも…その目つき、顔つき、物の言い方、すべてが好かん(´-ω-`)

そういう理由でお断りした(もちろん相手に本当の理由は言っていない)のだが、それが「神」の逆鱗にふれた(笑)か、難行苦行の座席に当たってしまった。

少しでも身動きすると肘掛け部分で「音」がする。
上演中はとにかく身体が動かせなかった。
いくら爆笑続きのクラシックのコンサートであっても、演奏中の「雑音」は厳禁。

開演前や休憩後にまで観客に対して、携帯の電源を何度も注意することより先に、場内設備の点検作業をきちんと行うことの方が先じゃないのか、と思ったので、相棒クンがアンケートを書いているとき、この椅子の不具合も書いておいてと頼み、さらに終演後ロビーにいた係員の若いお兄さんにも伝えた。

帰宅後、アンケートに書いただけだとか、係員に口頭で伝えたくらいでは、きっとすぐには対処はしないだろう(おそらく定期点検時までは何もしないだろう…)と思った。
あんな楽しいライブで、100%楽しめなかったという悔しさもだんだん募ってきていたので、会館へのお問い合わせメールフォームに「ご意見」という文言を見つけ、しつこいとは思ったが、メールもしておいた。

そうしたら、なんと朝イチで返事。
さっそく確認して、不具合はねじのゆるみが原因とわかり、処置も完了したとのこと。


県民ホールの指定管理者の担当者さん、対応が素早い。
危機管理対策はきちんとできているようです。

それならば、こんなことになる前の、日頃の設備管理の方もちゃんとしてくださいね!(^^)!
ワタクシみたいに、おとなしく、じ~っと2時間「音」を立てないようにがまんできる人ばかりじゃないんだから…(ー_ー)!!
実際には、第一部のけっこう大事な場面で、うっかり姿勢を変えてしまい、ワタクシ「音」を立ててしましましたが(´-∀-`;)

周りのみなさん、本当にごめんなさい<(_ _)>

2019_06
21
(Fri)13:07

倉敷 その②

倉敷での個人的に好きな場所は…えびす通商店街。
完全に「昭和の商店街」ですが…。

訪れるのはかなり久しぶり。
さすがにもうさびれてしまっただろう…という予想は大はずれ(笑)

この商店街では、ウォーキング大会の前日に、食器を買ったり、ラグを買ったり…。
大会後は、ただでさえ2日間も長距離歩いて身体がよれよれなのに、ゴール後に預けていた荷物を引き取ってJRに乗るとき、毎回その重さに後悔した。
それなのに、必ずまたこの商店街へ寄りたくなる、当時の私にとっては魅力ある場所。

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なじみのある土地なのに、一度も上まで上がったことがない鶴形山の阿智神社。
だって、大会前は体力温存しておかなきゃ…だし、大会後は体力消耗してそれどころじゃない…し(笑)
今回もライブ前だったから、もちろん登らすじまい(^^;)

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今回の倉敷の晩ご飯は…古民家で食べるイタリアン(◎_◎;)

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ワインも料理も美味(*^▽^*)


今回の宿泊は、いわゆる「駅裏」に位置するビジネスホテル。
シングルタイプの部屋が多いらしく、ツインでは取れなかったが、シングル2部屋でも料金はお手頃。
窓のカーテンを開ければ、なんと線路も駅のホームも見える…のだけれど、相棒クンの部屋の窓ガラスは普通なのに、ワタクシの部屋の窓ガラスは網入りで写真撮影は無理。
残念…(´-∀-`;)


翌日は、倉敷まで来ているなら新見のカツマル醤油さんへいかなくっちゃということで岡山道・中国道と経由して新見へ。
途中で、備中高梁の文字を見た相棒クン…「備中松山城って、この前に行った高取城みたいな山城じゃなかったっけ?」
ワタクシ…「そうだよ」
相棒クン…「行きたい」
ワタクシ…「行くのはいいけど、大変だよ。 運よくシャトルバスに乗れたら、まあまあのところまでは行けるけれど、そこからでも30分くらいは歩くはずだし、バスに乗れなかったら、もっと歩くよ。 以前に私は駅から1時間くらい歩いて登山口まで行って、そこから遠足の中学生達と一緒に登った。たぶん、駅から天守のところまで1時間半くらいはかかったはず。めっちゃ元気な頃だったけど…」
それを聞いた相棒クン「今日はやめよう…」…(^ω^ ≡ ^ω^)

ということでカツマル醤油さんへ行った後は、津山のラーメン屋「豚平」さん経由(めっちゃ大回り)、しかも津山からは下道を走って岡山へ出て、うどん国へ戻った次第。

新見 カツマル醤油
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津山 豚平のラーメン
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どちらも、お店の方の感じがとてもいい。
もちろん醤油(我が家は、カツマルさんの商品ではポン酢が好き)も美味しいし、ラーメン(豚平さんのラーメンは瀬戸大橋代・高速代を使っても食べる価値あり)も美味しい。

2019_06
21
(Fri)12:05

倉敷 その①

撮影日 2019年6月9日

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倉敷は、結婚後初めて、ちょっと遠出の日帰り旅をした場所。
まだ瀬戸大橋もなく、もちろん車のナビもない時代。

フェリーに乗って、本州へ渡り、道路地図だけを頼りに美観地区の入口近くまでたどり着き、目についた駐車場へ車を入れ、同じく目についた飲食店でご飯を食べ、美観地区へ行った。

それからどのくらい後のことだったかは忘れたが、椎名誠さんのエッセイでの倉敷に関する表現(その表現はあまりに過激すぎて、ここでは絶対に明記できない…笑)を読んだとき、自分たちの倉敷に関する感想に似たものがあり、思わず笑った記憶。

読みながら、こんな表現の本を世に出していいの?と思いながらも…やはり笑った(;^ω^)



私たちが、初めて訪れた倉敷で、美観地区へ入る前にご飯を食べたのは、もちろん理由があるわけで…。

今のようにネットもなく、ガイドブックもそれほど豊富に出回っていなかった時代。
「美観地区」がまさか「薄っぺらい観光地」(←これも椎名さんの表現をお借りしたもの…苦笑)だとは夢にも思っていなかった。
美観地区では歴史を大事にして、そこに住んでいらっしゃる方々が、その古い街並みを保存しているのだろうと思っていた。
まさか、その中がありきたりなお土産物屋さん的なお店だらけだとは夢にも思っていなかった。

ということで、かなり長い間、私の倉敷への印象は、それほどいいものではなかった。


その印象に変化が生じたのは、その後、倉敷ツーデーマーチというウォーキング大会に参加するようになってから。

長距離のウォーキング大会だったので、倉敷の中心部はそれほど歩かないのだが、それでも毎年参加するたびに、駅近くの商店街の存在や、美観地区のメイン通りからほんの少し外れた辺りに残る古い町並み等々、倉敷の良さは、実は美観地区から少し外れた場所にあることを知った。


何事もなければあのウォーキング大会にはずっと参加していたと思う。
ところが、遠距離介護という事情が発生。
数年間参加できない状況になってしまった。
数年後にその状態は解消されたものの、一度途切れてしまった習慣(というほどのものでもないはずだったが…)は、戻らない。


あれからもう何年経ったのだろう?

ウォーキング大会へ参加するようになったときには、まだ影も形もなかったチボリ公園が、大会に参加している間に建設が始まり、やがて完成し、ところが気がつけば、いつのまにかそれは跡形もなく消え去り、跡地にはアウトレットパークや商業施設ができた。
ウォーキング大会でいつもお世話になっていた駅直結のホテルも無くなり、駅前のデパートは、建物はそのままながら、経営は別のデパートに変わった。

で、いつのまにか「薄っぺらい観光地」の印象でしかなかった美観地区の方も、今では日本全国どこの有名観光地でもそういう印象を受けることが多いせいか、とくにがっかりすることもなく…(苦笑)

美観地区も、以前に比べると、おしゃれなお店、ちょっと覗いてみたくなるお店が増えてきたのは事実。
ま、これも日本中の観光地がそういうふうに変化してきているのと同じ…(・_・;)



夜の美観地区

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※ おまけ

アベサンのオトモダチの方が経営されている学校関連の美術館(中には入らなかったけど)

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そういえば、この学校は岡山でしたな…(・_・;)
問題になっていたのは、今治キャンパスの方だけど。
そうそう、今治のタオル美術館にも、この学園に関するブースがありましたなぁ~。
この学園のトップの方、世の中にはこういうものが目に入ったら、よけいにその印象を悪くする人もいるということはおわかりじゃないもよう<(_ _)>

2019_06
20
(Thu)18:05

瀬戸大橋

撮影日 2019年6月9日
倉敷での角松さんのライブを見るために瀬戸大橋を渡ったときに撮影。


与島から見える四国方面への瀬戸大橋
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与島第二駐車場
以前は、第一駐車場の与島PAから少しはずれた場所にある、この第二駐車場に、フィッシャーマンズワーフという名称の商業施設があり、そこからは咸臨丸という遊覧船が出ていたが、いつ頃だったか、フィッシャーマンズワーフが廃業。

久しぶりに来てみたら、第二駐車場は一応は残ってはいたものの、あまり管理は行き届いていない状態。
咸臨丸の方は、もうここにはいなくて、今は淡路島の福良港(南淡路)で活躍していることは知っていたけど。

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与島PAへ降りたとき、相棒クンが瀬戸大橋を撮影するなら斜張橋だろうと言う。
確かに、斜張橋は美しい。
しかし、与島PAから斜張橋はほぼ見えないに等しい。

その時点では、フィッシャーマンズワーフはとうに廃業したのだから、もう第二駐車場方面へは行けないものと思っていた。


しかし…。

どうしても、斜張橋を撮影したい相棒クン、与島PAの案内所のお姉さんに「斜張橋が見える場所ないですか?…と尋ねた。
お姉さんは、どの程度まで見えるか、また、どのような状態で見えるかはわかりませんが…という前置きの後、第二駐車場へは、今でも車で行けるので、その辺りであれば斜張橋が見えるはずです…と。


行ってみれば、なるほど…斜張橋は見える。
が、フィッシャーマンズワーフの建物跡地が網で覆われていて、それゆえ全景が見えない。

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網がないところまで歩いて柵の間からカメラを入れて撮影したものの、構図的に跡地の残骸が邪魔。

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一応、橋は撮れたので、もう満足したのかと思ったら、相棒クンはまだ先へ進んで行く。
道が曲がっているし、跡地の囲いがあるから、先は全然見えないというのに…。


が、しばらく進むと…。


遮るものがない状態で斜張橋が見えた(^_^)

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釣り人が数組。
ここにたどり着くまでに、駐車場の方へ向かって歩く釣り人らしき人々を見かけた。
どうやら知る人ぞ知る釣り場…らしい(たぶん)。

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瀬戸大橋ができた頃、高松↔岡山間 高松↔倉敷間の二つの高速バス路線があり、お出かけ好きのワタクシは当然、そのふたつの路線のどちらにも乗ったことがある(笑)のだけれど、便利な高速路線バスとはいえ、もっと便利なマリンライナーには勝てず、あっというまに路線廃止。

その後も坂出↔児島間の路線バスが残ったことは知ってはいたものの、今でもまだちゃんと走っていたとは…<(_ _)>
ただし、この与島第二駐車場で乗換は必要らしい。

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しまなみ海道ができた頃、なかなか車で渡る機会がなかった。
どうしても渡ってみたいと思い、ひとりで18きっぷを使って福山まで行き、そこから路線バスで今治まで渡ったことを思い出した。

急な思いつきで出かけたので、今治からは普通列車では高松までは帰れないだろうと思い込んでいて、今治駅前へバスが到着した10分後くらいにやって来た特急列車に飛び乗るようなかたちで帰路についたのだけど、特急に乗ってから時刻表を確認したら、日付はまたぐものの、普通列車でもその当時の最終便に間に合ったことがわかり、「テツ」としては、ちょっぴり悔しい思いだった記憶(笑)。

しかし、一部区間特急を使ったとはいえ、かなりの強行軍。
つまりは…若かったからできたこと。



今、児島↔坂出間の路線バスを使って、瀬戸大橋を渡れる?


あまり、自信はない…ですな(´-∀-`;)

2019_06
18
(Tue)11:39

お箸の持ち方

数日前にネットで話題になっていた、自分の子供が小学校の先生から「お箸の持ち方がおかしい。お嫁にいけんよ」と言われたという話。


お母さんは、先生の「お嫁にいけんよ」という言葉にめっちゃ強く反発していたようだけれど、その表現、確かに今の時代にはそぐわない。

が、ワタクシ世代の人間からすれば、それは比喩表現だと捉える。
少し前の時代、「そんなことではお嫁にいけない…」は、しつけを守らない女の子に対する常套句だった。
脱いだ靴はきちんと揃えるだとか、洗濯物として出したシャツの袖が右は表、左は裏返し状態などもってのほかだとか、いろいろ言われたよなぁ…(;´▽`A``
それらのほとんどは、今思うと役には立っている。


そういう時代を生きてきた私には、先生の言葉はただの比喩表現(今の時代、その言い方は適切ではないものの…)にしか過ぎないのに、お母さんの過剰とも思える反応の方が気になった。

とくに、「お箸の持ち方で人の優劣を決めることはしたくない」…という取材での応え方。
人の優劣にこだわっているのはお母さんの方のように思えたし、論点を微妙に外していく理詰めのやり方で、親としての自分を正当化しようとしている姿勢に好感は持てない。

少なくとも、自分の子供に対する「お嫁にいけんとか先生が決めることじゃない。気にせんでいい」…という返事については、それはないだろう、と思った。

確かに、先生が決めることじゃないんだけれど…。

子供が自分のお箸の持ち方を家族以外の人、それも先生という立場の人から指摘されたことは、その子にとって、けっして悪いことではないというか、ある意味チャンスではあるのだから、先生の言葉尻だけをとらえての「気にせんでいい」ではなく、それとは真逆の言葉があっただろうに…とは思った。

お箸を正しく使わなくてはいけないという法律があるわけでもないのだし、身体の機能的に正しい使い方ができる人ばかりではないわけだし、よそのご家庭のことでもあるから、これ以上は書かないけど。

それに、そもそもこれは、親から「気にせんでいい」と言われた、その子供本人の問題であり、その子の受け取り方次第…(^^;




さて、本題のお箸の持ち方…。

実はワタクシ、「お嫁にいけない持ち方」:(;゙゚''ω゚''):
ま、実際には、嫁にくることはできたけど…ね(笑)

私の持ち方はいわゆるバッテン箸とかクロス箸とかと言われているものなのだろう。
そういう持ち方でも豆はきちんとつかむことができる。
他の食材でも、食べるときに困ったことはない。
魚も、ねこまたぎの骨状態ほどに食べているとまでは言えないものの、食べた後が汚くないくらいには食べられる(以前、すべてにおいて完璧だと思っていた少し年配の知人の魚の食べ方のあまりの見苦しさに唖然とした経験あり…苦笑)。

人とは持ち方が違うわけだし、子供の頃に親にさんざん言われたから、自分の箸の持ち方を見苦しく思う人がいるんだろうなぁ~ということは自覚している。

でも、積極的に直そうと思ったことはない。
一度ついてしまった「くせ」を直すには、めっちゃ努力が必要。
ところが、そういう努力ができるような根性がない人間(;´▽`A``


私の母親は、子供の偏食をなくすため、無理やりにでも口の中に食べ物を押し込んで食べさせるような「鬼」のような人間だった(笑)。
子供の側から言わせてもらうと、それは子供のことを思ってしたことではなく、自分がいかに「賢母」であるかの証明のためだけだったように思うけど。
そんな母が、私の箸の持ち方をきちんとしつけできなかったのには理由がある。

生まれつき左利きだった私を、母はそれこそ「鬼」の形相で右利きに変えさせた。
おかげで(本人は、それを少しもありがたいとは思っていないが…苦笑)今では、立派な右利き。

ようやく右利きになった頃、今度は本格的にお箸を使う年齢になり、またもや必死の形相で完全なお箸の使い方を要求してきた母に対し、その頃には、理屈で返せるくらいの年齢になっていたので、徹底的に反抗したワタクシ…(笑)

その頃、実家は6人家族。
食卓の座る位置は決まっていて、私の目の前は祖父。
その祖父は、機械の修理などを手がけており、細かい手作業が得意な非常に手先の器用な人。
それなのに、なぜか正しいお箸の使い方をしていなかった。

そのマネをしたという記憶はないのだけれど、食事のたびに、母から箸の持ち方が違うと指摘されるものだから、その都度私は「じいちゃんもこう持っている」と反発し続け、結局、母は私の箸のしつけに関してだけはあきらめざるをえなかった、という次第(笑)



そうそう…。
右利きを左利きに直されたことに関しての感謝の気持ちはないが、偏食に関してだけは感謝している。
嫌いなものは、けっして自ら進んで食べることはないけれど、どこで何を出されても、顔色ひとつ変えることなく、それらを食べることができるのは「鬼母」のおかげ。

非常に我慢して嫌いなものを食べた後、体調によってはじんましんが出たり、お腹を下す場合もあるんだけど、どうしても相手に悟られたら困る場合、その場をうまくやり過ごせることはできる(^_^)

2019_06
16
(Sun)12:14

朝ソー

今日の朝食

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今年も、朝食は「そうめん」…の時期になった。

すでに、ゴールデンウィークの前から暑い日には食べている。
今年は暑かったり寒かったりと、日々の気温差が激しく、食べながら今朝は寒いよ~と言う日もあった。

先日、3月に奈良で買った三輪そうめんや、いろんなお店で食べたことのない商品を見つけるたびに、少しずつ購入していた「そうめん在庫」が少なくなり、昨年箱買いした淡路島の平野製麺j所さんへ電話。
通販ではたった一度しか買っていないのに、ちゃんと我が家の情報は登録されていたらしく、昨年も同じ時期に3箱お買い上げいただきました…だそうで(;´・ω・)

結局、相棒クンが隠居して以降、我が家では一年の約半分くらいは、朝食はそうめんということになったみたい。
「朝ラー」ならぬ「朝ソー」ですなぁ~(-_-;)

うどん国住人ゆえ「朝うどん」も、もちろん「あり」…ではあるが、我が家的には、うどんはうどん屋で食べるもの。
ということで、家ではそうめん。
そうめん産地はいろいろあれど、今までいろいろ試した結果、今のところは淡路島のそうめんがいちばん(=^・^=)




薬味は、卵、細ねぎ、大葉、オクラ、きゅうり、みょうが、しょうがの甘酢漬け、さらし玉ねぎ。
これだけ入れたら、野菜不足…ではないと思う(苦笑)

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さらし玉ねぎがそうめんの薬味になるなんて思いつかなかったけれど、いつだったか愛媛県宇和町観音水のそうめん流しで、薬味にさらし玉ねぎが置いてあり、それがとてもおいしかったので、我が家でも薬味に加えるようになった。
それにしても、そうめんをゆでるのだけは、相棒クンがやるけれど、あとのことは全部私の役目。


ある暑い夏の日の朝、そうめんが食いたいとおっしゃった相棒クン。
こんなクソ暑い中、誰がそうめんをゆでんるんじゃ~とキレた私に、俺が作るから…と言った相棒クン。
自分のあの日の言葉を忘れたか?

そうめんに薬味は不可欠。
ゆでるだけでは、そうめんを作ったことにはならないんだけど(; ・`д・´)

2019_06
11
(Tue)22:25

34年経って知ったこと

6/9(日)は角松敏生さんのライブ
会場は、倉敷市芸文館ホール

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角松さんのライブは2度目。
最初に行ったのは、相棒クンによると「東京タワー」という楽曲がヒットした頃だそうで、それならば、34年くらい前のこと…らしい。

「らしい」という、ちょっと冷めた言い方(表現)には理由がある。


34年前のライブは…ワタクシの人生史上「最低で最悪の…ライブ」

相棒クンに誘われて行ったことは憶えている。
嫌いな系統の音楽ならば誘われても行かないので、当時、少なくとも自分の中で「嫌い系」ではなかったはず。

今回、行く気になったのも、一応某サイトで、改めて聴いてみると、「好き」だとまでは言い切れないが、やはり「嫌い系」ではなかったから。
さらっと聴いてみた感想は、角松サンって幅広く、いろんなジャンルの音楽に関わっているんだなぁ~というもの。
だって、ホントにさらっとしか聴かなかったもので…m(__)m



34年前のライブの話に戻ると…。
相棒クンによると、あのときはステージのPAが非常に酷かった。
そういう状態に陥ったことで、角松さん本人が「腐ってしまった」…から、あんなに酷い公演になってしまったのだと…。

私の記憶でも、確かに「音」の状態はよくなかった。
でも、その「音」の酷さだけじゃなく、MCも含めてすべてが空回り状態。
途中からは、ふてくされた様子だとか、どうせ地方なんだからもう適当でいいかみたいな様子さえ見て取れた気がして、観客側も白けてくるというか、会場の雰囲気は一向に盛り上がらないままで終了してしまったような記憶。

彼が様々なアーティストさんのプロデュースをしていることは知っていたし、それらの楽曲では好きなものもあったが、あのときのライブ以降、私の中では「角松敏生=最低最悪」であり、「角松敏生=地方ライブをおざなりにする人」…だった<(_ _)>

世間的には容姿もかっこいいということらしいが、どうやら世間一般の基準とは違っているらしい私には「かっこいい」じゃなく、「ただのええかっこしい」にしか見えなかった…(;^ω^)


今回、チケットサイトのお気に入り登録もしていない(するわけがない)のに、なぜか倉敷でのコンサートの案内メールが来ていた。
相棒クンに、角松サンが倉敷にくるらしいよと言うと、俺、行きたいからチケット取ってくれ、ホテルも取ってくれ…と。
私は行かないよ、と伝えても、ヤツはひとりでも行く…と。

チケットもホテルも手配の手間は、ひとり分もふたり分も一緒。

そういえば、長らく倉敷へは行ってないな~と最初はそう思った程度。
で、相変わらず「角松敏生=最低最悪」ではあるものの、あのたった一度のライブで決めつけてしまうのも何だかなあ~という気持ちがほんの少し芽生えたのは事実。

それなのに、その後は日常の雑事に追われ、チケット&ホテル手配を忘れていた。
やはり、昔の最低最悪のイメージが強すぎて、気持ちが動かなかった…ということだろう。

そんなとき、またライブ案内メール。
頼まれていたのだから、今度こそ手配しなきゃ、それならやっぱり私も一緒に行ってみるか、本当に「最低最悪」かどうかを今の自分の目と耳で確認するために…という経緯。


34年後にわかったこと。

けっして地方のライブだからおざなりですませよう…の方ではなかった。

音楽的には、めっちゃ好みまではいかないものの、とても洗練された音楽。
聴いていて心地はいい。
バンドメンバーの力量は最上級(なんとドラムは山本真央樹くんだった)で、ホーンセクションもコーラスもとても素晴らしい。
今回のツアーで、その会場ごとに募ったという一般のダンスメンバーも素敵だった。

新曲に合わせての、ああいう舞台構成は、さすが「プロデューサーだな…と思った。

ライブ終盤、あっ、そういえばこれって何かで聞いたことあるなあ、と思った紙ヒコーキ投げで、会場内は大盛り上がり。
ひとりで来ているおじさんまでもが、自ら用意してきた紙ヒコーキを飛ばしている姿って、普通では見られない光景。

何より、角松さんの演奏(歌)は、本当に素晴らしい。
59歳で、2日連続のライブはかなりきついはずだけれど、口ではちょっと…なんておっしゃるものの、そういう疲れは演奏中は一切見せない。


プロのステージだった。





で…。
それらすべてを含めた上で、語弊があることを承知で言うと、私の角松さんに対する印象は、スタレビの根本さんがおっしゃる「高い音楽性と低い腰」…ではなく、「高い音楽性と高い腰」(^^;)

「高い腰」…それは、そこに至るまでの努力等によって裏打ちされた自信からくるもの。
だから、それはとても素晴らしいこと。




でも…。

あるドラマの中のセリフをお借りするなら…。
「私のとは違うなあ」…だった(;^_^A


ご本人はまったく意識していないだろうけれど、本当に些細なというか、ほんと非常に微細な「上から目線」的言動が、私好みではない。
例えば、「まさか、この音源を聴いていない人は、ここには来ていないよな~」だとかの、ほんのちょっとしたものの言い方というか、聞こえてくる(伝わってくる)ニュアンスというか、言葉の使い方…。

これに関しては、「違うんだよな~」でした(苦笑)


唯一、かなりの年齢になってから授かったらしい娘さんに関する話題では「素」の部分が垣間見え、そこだけはとっても好感が持てた。

かなりおしゃべり好きな方だとお見受けした。
そのお話の内容だったり、話し方だったりの「感覚」そのものが、私とは相容れないということがよくわかった。

これは…どちらが正しいとか間違っているでもないし、どちらがいいとか悪いでもなく、単純に感じ方の相違です。
誤解なきよう…_(._.)_



ライブとしては、存分に楽しませていただき、大満足。
以前の悪印象も完全に払拭できたことだし、はるばる倉敷まで行った甲斐あり(=^・^=)


2019_06
11
(Tue)19:05

43年経って知ったこと

6/8(土)は宇崎竜童さんのライブ。
場所はちょっと遠い三豊市詫間町のマリンウェーブ。

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3月末に観音寺市のハイスタッフホールで会員継続の手続きをした際、相棒クンがこのライブのフライヤーを見つけ、その場で即、チケット購入。
他会場ゆえ、観音寺の会館ではそれほど多くの座席枠は持っていなかったけれど、私たちにとっては良席である、真ん中よりやや後方のセンター席ゲット。

この日は午後3時半開場。
ゆっくり行ったつもりが3時よりも前に着いてしまい、早すぎたと思った。
が、なぜか駐車場がかなり埋まっている。
ホールからはやや遠いスペースへ駐車。

ライブチケットはおそらくは完売だったみたいだけれど、それだけでなく、土曜日の午後早い時間だったから、会館のカルチャー講座の生徒さんが多かった様子。
開場時刻に合わせて行っていたら、うんと遠い臨時駐車場まで行かなければならないところだった。


弾き語りライブということで、ステージ上にはアコギが確か4本。
やがて、宇崎さんが時間通りに登場。
なぜか、エレキギターを持って…。

いきなり「港のヨーコ…」でした(笑)


ライブが始まって、すぐに気がついたこと。

全体の音がちょっと大きすぎる。
最初はエレキだから?と思ったけれど、アコギ演奏に変わっても、その音量は最後まで変わらなかった。

もうひとつ…。
数年前に四国村でのイベントで聴いたときは、まったくそんなことは感じなかったのに、この日は、最初から宇崎さんの音程がビミョーにフラット気味に聞こえる。


絶対音感は持っていないが、耳だけはいい(と、自分ではそう思っている)。
ライブへ行った際、アーティストさんの歌声がほんの少しフラットだろうがシャープだろうが、正確でないと、めっちゃ気になる(ふとした瞬間に少し外れる程度ならば、気にならない)。


今回は、ほぼず~っとだったから、かなり気にはなるのだが、それ以上に宇崎さんのパワーが凄かった。
音楽を通して彼が伝えたいことは、彼の「音程」とは関係なく、的確にこちら側に伝わってくる。


このときは、場内での「音量」といい、ビミョーにフラット気味な「音程」といい、おそらく最近の宇崎さんは何らかの「聴覚障害」を抱えていらしゃるのかな?と思った。
途中のMCで、ほんの数日前にイギリス?からだったか、日本に帰ってきたばかりともおっしゃったので、長時間の航空機移動も要因かな、とも思ったり…。



ライブ後、すぐに相棒クンに確認したが、ヤツは場内全体の音は若干大きいと感じたものの、宇崎さんのビミョーな音程の違いについてはわからなかった…と。
ま、気にならない人は、全然気にならない程度のズレ…なのだろう(;^_^A


個人的には、非常に気にはなっていたものの、ライブ翌日は、午前中に角松さんのライブのため、家を出たし、昨日の帰宅後も早寝。
今日の午後になって、ようやくネット検索。

やはり…。

宇崎さんは耳を患っていらっしゃるそうで…。
それも、なんと相当以前から…。
NHKのEテレでの過去のインタビュー記事で、個人的な謎は解けた。
それにしても、以前の四国村での生演奏を聴いた時には、全然気がつかなかった…(;^ω^)

今日読んだインタビュー記事…『20代で作った作品が、当時の聞いてる人・歌ってる僕と、今の70歳になってからその作品を歌ってみると、全然違う感覚・違う歌に聞こえる時がある。人生経験がその歌に乗っかってくる。そういう瞬間があると、やっぱり歌をやめられない』…この部分を読んで、非常に納得。


この日、ライブ会場でめっちゃ久しぶりに聴いた「沖縄ベイブルース」
43年前、発売されたときから、個人的にはダウンタウンブギウギバンドの中ではいちばん好きな楽曲だったけれど、この日、宇崎さんから歌詞に隠された別の意味を聞かされ、驚いた。


家にこの楽曲が入っているレコードはあるけれど、プレーヤーがないから聞けない。
     ↓
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このレコード、昔はよく聴いていたなぁ。

このCDはいわゆるベスト盤。
これが、当時の自分の音楽を聴くスタイルだったんだなぁ、と…棚の奥から出てきたこのLPレコードを見て、あらためてそう思い知らされた次第(;´・ω・)

宇崎さんの同級生よりは10歳ほど若い(笑)ワタクシは、ちゃんと自力で○マゾ○を使って購入することができる。

なので、本日早速、CDを注文。
ま、それもベスト盤なのですが…<(_ _)>


MCで、ときどき阿木燿子さんのお名前が出てくるのだけれど、その話の内容から、夫婦間の会話の多さや深さが伝わってきた。
それと、MCだけでなく、セトリからも、おふたりの「反戦」という強い気持ちがしっかりと伝わってきた。


セトリは、それ以外にも百恵ちゃん・内藤やす子さん・研ナオコさん・菅原文太さん&愛川欣也さんなどへの提供曲等々、もりだくさん。

46年活動していて、この会場へ初めて呼んでもらえたとおっしゃる宇崎さん。
また、ぜひ呼んでいただきたいけど、次が46年後だったら、自分も会場のみんなも、もう………だそうで(笑)
ワタクシ、宇崎さんを呼べるような「チカラ」は持っておりませんが、またうどん国へお越しくださるなら、ぜひまた聴きに行きます!(^^)!


弾き語りライブでたっぷり2時間半…。
でも開演時間が早かったから、終わっても、外はまだ明るかった。


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2019_06
09
(Sun)23:04

今日のライブ


今日はめっちゃ久し振りの倉敷で、これまためっちゃ久し振りの角松敏生さんのライブ!

2019_06
08
(Sat)22:45

本日のライブ

今日は宇崎さんでした!

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実は、明日もライブ。
しかも「遠征」
ということで、詳細はいずれまた…(;^ω^)



2019_06
07
(Fri)14:14

大阪・奈良旅記録その⑥(食&観光編…4)

撮影日 2019.3.16~19

19日の朝。
旅に出てもう4日目?
あっというまだった(;´・ω・)
お天気は日替わりで、今すぐにでも降り出しそうな気配。

この日の朝食は、ホテル近くのパン屋さんのモーニング。
パン以外にスープもつけたので、またもやおなかいっぱい。
しかし、この日もおそらくは昼食抜きだろうからそれでちょうどいい…はず。
相棒クンは旅の最終日となると、必ず、家での夕食時に飲むビールのことしか頭にないから、基本的にお昼ご飯は食べない。

その相棒クン曰く、泊まったホテルは、駅にも商店街にも近くて、非常に便利だったけど、とにかく周辺道路が狭くて、奈良での食事はすべて満足したけれど、道が狭すぎるから、もう奈良へ来るのはイヤ…だそう。

確かに…この道、ホントに車通れるの?状態のようなところばかりだった。



パン屋さんの2階で朝食をおいしくいただき、1階では食パンを購入した後、その周辺の狭い道をようやく脱出。
とはいえ、奈良を出る前に、もうひとつ寄る場所が…。


近鉄大和西大寺駅の展望デッキからの眺め(^O^)/
展望デッキがどこにあるのかが、相棒クン調べの資料からはよくわからなかったけど、スマホで再検索してみると、駅ナカのショッピングモール内にあることが判明。

ここの駅ナカモールへは、当然入場料を払って入るのだけれど、買い物をしたときには、支払い分から入場料を引いてくれるシステム。



展望デッキのガラス越しに難波・京都方面へ行く電車、やってくる電車が次々と…。
お母さんに連れられた子供もいたけれど、鉄ヲタらしい青年も、仕事途中のビジネスマンも…。

2019-03-19-3大和西大寺駅

2019-03-19-1大和西大寺駅

2019-03-19-2大和西大寺駅






で、こちらの眺めは、展望デッキからではなく、1・2番ホームからの奈良・橿原方面。
展望デッキにいたころから、雨が降り始め、このホームへ移動した頃には本降りになってしまった。

電車の本数は半端ない。
ホーム上屋から外れた部分では、傘をささないと濡れるが、傘をさすと危ない。
雨が降っていない日に来たかった。
というか、そんな日だったら、私、1日中ここにいられる(笑)

2019-03-19-4大和西大寺駅

2019-03-19-5大和西大寺駅


2019-03-19-6大和西大寺駅

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2019-03-19-9-2大和西大寺駅

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2019-03-19-9-4大和西大寺駅

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以上、もう言葉は
必要ないと思いまするが…(^▽^;)

2019-03-19-10大和西大寺駅

2019-03-19-11大和西大寺駅

2019_06
07
(Fri)13:04

大阪・奈良旅記録その⑤ (食&観光編…3)

撮影日 2019.3.16~19

五百羅漢から高取城跡へ「登山…(;´・ω・)」し、帰りは単純な道路をひたすら降りて、車へ戻ったのが午後2時半近く。
とっくに昼食の時間は過ぎていたけれど、朝食がボリュームたっぷりだったし、この登山がハード過ぎて、すぐには食欲が出ない状態。

ホテルへ戻るにはまだ時間がありすぎる。
朝の上天気からすると、少し曇りがちになってきたとはいえ、雨の心配はなさそう。

ということで、予定していた今井町の街並みを見に行く。



ならまちが「商業的」で、観光目的でお気楽に行けるのに比べると、今井町はそこで生活している方々の日常を乱さないように、そっとおじゃまするような町。
実際に生活されている方々は、この景観を維持するのはかなり大変だろうと思う。

2019-03-18-26今井町

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2019-03-18-29今井町 2019-03-18-30今井町

2019-03-18-32今井町



狭い道だけど、車は普通に通って行く。

2019-03-18-31-2今井町


もう1週間遅かったら、2~3分咲きの桜が楽しめた?

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橿原市 今井まちなみ交流センターの建物(明治時代は高市郡教育博物館で、昭和4年からは今井町役場だったという建造物)も素晴らしいが、職員さんの対応も素晴らしかった。

2019-03-18-35今井町

2019-03-18-36今井町




この日の夕食は、もちろん相棒クン調べのお店でやたがらすという焼鳥屋さん。

あまりにも疲れていたから、私は一切写真は撮らずじまい。
で、あまりにも疲れていたから、食べられない…なんてことはなく、お酒も美味しかったので、会計金額はびっくりぽん(;^ω^)

料理は非常に美味しくいただいたものの、残念だったのはお酒の燗についての但し書きも、また店員さんの説明も非常に中途半端。
要らないお酒を2種類も頼んでしまい、高額支払いとなってしまった。
それがなければ1万円以内だったはず。

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2019_06
07
(Fri)00:29

大阪・奈良旅記録その④ (食&観光編…2)

撮影日 2019.3.16~19

18日は、前日の荒天はいったい何?というくらいの上天気。
朝食は近くのサンマルクで食べたんだけれど、こういうタイプのお店をほとんど知らない相棒。
ヤツは、カフェなんぞへ入る人の気持ちがわからん、と常々言っている。
お店のシステム自体をよく知らないから、パンを2個も取ったあとで、サンドイッチも食べたいということになり、結局ふたりとも、少々食べ過ぎ。

でも、これがその後役立つ。

この日は少しばかり、山を歩くことになるであろうという予定だった。
ありがたいことに上天気だったので、予定通りの行動開始。

旅行計画は、完全に相棒まかせだったので、こんなところへ行く?と聞かれると「うん」とだけ答えていた私。
出発数日前になって、相棒クンから聞いていた、五百羅漢と高取城跡を自分自身で検索してみると…。

なるほど五百羅漢は、たぶん車でかなり近くまで行けそう。
車さえ置くことができたなら、歩く距離はあまりない様子。
一方、高取城跡は駐車場がないから、下の町から1時間半くらい歩く…って、とんでもないじゃん。
それを相棒クンに言うと、いやいや五百羅漢まで行ったら、その場所からは、徒歩15分で行けるとブログに書いている人がいる…と。

高取城跡も五百羅漢も、あまり情報が多くはなかった。
が、確かに五百羅漢から徒歩15分という記載もあるにはあった。


それを信じた私たちは…「おバカ」、いいえ「おおバカ」でした(´-∀-`;)

壷阪寺というお寺の奥の院という五百羅漢。
いつ頃のものかは不明で、おそらくは近くにある高取城の築城の際に掘られたものであろうということらしい。
昔から「仏さまの力」をお借りするということはあったのだろう。

信心深いわけじゃない私は、壷阪寺には興味を抱かなかったが、この五百羅漢は自分の目で見てみたかった。

ネット情報の通り、車が数台置ける場所があり、そこからは徒歩すぐの場所に、岩に刻まれた無数の仏さま。
野ざらしなので、もう形がわからなくなっているような仏さまもいる。

2019-03-18-1五百羅漢

2019-03-18-2五百羅漢

2019-03-18-3五百羅漢

さて、私はここでじゅうぶん満足なんだけれど、高取城跡が見たい相棒クン。
そりゃ、私だって徒歩15分で行けるなら、行ってみたい高取城跡。

…ということで、五百羅漢さんに別れを告げ出発。

実は、この場所から高取城へはルートがふたつ?
別々の方向を示す案内板があった。
下から登ってきたトレッキング姿のおじさんに聞くと、どっちでも行けるみたい、とのこと。

私たちは、少しでも近そうかな?と思えるルートを選んだのだけど。
それは、こんな道。
でも、おそらく別ルートへ行ってもそれほど変わらなかったかも?
ただ、別ルートの方は、遊歩道となっていた。
少しは歩きやすかったかも?

2019-03-18-4高取城址

ここまで、それほど楽ではなかったものの、ここまでがもう800mも進んできていて、あと高取城まで1000mだったら、そう大変ではないじゃん…って思ったのは大間違い。

2019-03-18-5高取城址

まだまだ続くこんな道。
これはまだましな方。
余裕があるから写真撮影ができただけで、本当に大変な場所は、進むだけで精一杯。
それでも、私は登りには強いので、後ろから来ているはずの相棒クンの姿が何度も見えなくなり、数回生存確認のため電話したほど。

2019-03-18-6高取城址

上から元気そうな若者が何人か降りてきたり、下からもめっちゃ元気そうなおばさんと息子さん?という感じの方だとか、ひとりで登ってきたおじさんだとか…。

それらのみなさんは、完全にトレッキング姿。
相棒クンみたいな街着のコート姿は、本丸近くの場所で見かけた若い女性ひとりだけ。
私は、汗だくになるのがわかっていたので、長Tシャツと首マフラーのみ。
あ、テアトロン用の杖はもちろん持参!
念のための薄手のウィンドブレーカーはリュックの中。

2019-03-18-7高取城址

途中、一ヶ所だけ道が分かれていて、案内板もなかったので、降りてきた人に聞いた。
聞いて大正解。
そこまで行って、そのまま道なりに行くと、なんと元の場所へ戻ってしまうんだとか(´-∀-`;)

石段が崩れていた。

2019-03-18-8高取城址

この祠のような?神社のような?場所まで来て、その先にある道を進むと…。
なんと、元の場所へ戻ってしまうらしい。

2019-03-18-9高取城址


さっき登ってきた長い石段をそのまま下まで降りてしまうと、高取城址入口へ行けると教えてもらった。



で、降りてきたら…。

車では来ることができない場所って聞いたのに…。
車がいる…(; ・`д・´)

2019-03-18-10高取城址


確かに、ここは駐車場がない。
この場所をよく知っている人が車でやってきて、道路端が空いていたから停めた?
写ってはいないが、工事関係の車が数台停まっていたから、タイミングによっては、この車は邪魔になる可能性もあったはず。


さて…。
私たちふたりは、五百羅漢からここまで約1時間半かかりましたけれど、それが何か?
この場所、まだ高取城の石垣は見えませんけど、それが何か?

2019-03-18-11高取城址

ここから、本丸まで、さらに30分ほどかかった!
また登り道だったし(天守があった場所へ行くから当然…)写真も撮りながらだったから、これはしかたがないと思う。

それまでの五百羅漢からのトレッキングコース?よりは、この高取城址入口から本丸跡までの道路状態は、やや良好。


結局、五百羅漢から、高取城本丸までは、たっぷり2時間くらいかかったんだけれど、それって私たちの歩みがのろまなカメだったから?(途中、祠みたいなのがある場所へ、知らずに寄り道してしまったから、そこを往復しなければ、1時間半くらいかな?)

いえいえ、いくら健脚でも15分はありえない。
どんなに早い人でも、30分~40分はかかるだろう。
私たちの、その2時間は、あまりにも遅すぎだとしても、若い普通の人(山歩きのような運動はしない人)で、おそらく1時間くらいはたっぷりかかると思う。


高取城入口から本丸へは、こんな道。

2019-03-18-12高取城址



この周辺、かなり広い範囲がハイキングコースになっているらしい。
きついはず?

2019-03-18-13高取城址



高取城は、こういうお城だったみたい。

2019-03-18-14高取城址




ここまで登ってきた方々は、天守が残っていれば…なんて言っている人、明治政府の廃状令がダメだったんだ…なんて言っている人、いや、残しても維持ができなかっただろう…なんて言っている人、様々。

2019-03-18-17高取城址

2019-03-18-19高取城址


2019-03-18-18高取城址

2019-03-18-20高取城址



本丸へ、すぐには行けないようになっているのがよくわかる。

2019-03-18-21高取城址


2019-03-18-22高取城址



本丸跡ではお弁当を食べた後、休憩や昼寝をしている人がたくさん。
私たちは、徒歩15分と思っていた(実際には15分は絶対ムリだろうけれど、1時間くらいでは行けるのでは?と思っていた…苦笑)ので、もちろんお弁当など持っていない。
朝、たくさん食べていたから、大丈夫だったけれど、そうじゃなかったらエネルギー切れを起こしたかも(-_-;)

2019-03-18-23高取城址



帰り道を、スマホのグーグルマップで確認(私には、あの獣道みたいなのを下るのはムリ…下りは非常に苦手)

五百羅漢までの案内が出た。
それは、どうやら、目撃した本丸への入口付近に停まっていた車が通ってきたであろうと思われる車道。

方角から考えても、大きく間違ってはいないはず。
というか、この道しかないと判断。
どこまで行けるかはわからないけれど、とにかくこの道を降りてみようという決断をして、歩くこと30分。

五百羅漢の駐車スペースに置いたうちの車が見えたときは、感激(*^▽^*)


羅漢さんを拝んだ後、あんな酷い道を行かずに、一度車まで戻り、この車道を登れば15分?
我々は、とくに私が降りる方に弱いので下りに30分かかったけれど、めっちゃ健脚人だったら、車道を登れば、本丸入口まで、登り15分も可能かも。

で、入口から本丸まで15分はかかるだろうから、五百羅漢から30分で高取城本丸跡ということになる…かも。
ただ、こういう道を登っても面白味はなさそう…(;^ω^)

2019-03-18-24高取城址 2019-03-18-25高取城址



ネット情報では、車では行けないとあり、それはつまり車道がないということだと思いこんでいたのだけれど、実際には車が通れる状態の舗装道路はあった。
登った場所に駐車場はないし、大雨でも降ったら、崩れてきそうな箇所がいくつもあったから、もちろん、今後も絶対に車では行かないけど(歩いても、もう行かなくていい…苦笑)



知らないというのは、ある意味幸せ?
知らなかったからこそ、行くことができた高取城跡…(^_-)-☆

忘れられない強烈な思い出が、またひとつ…(笑)

2019_06
06
(Thu)20:14

大阪・奈良旅記録その③ (食&観光編…1)

撮影日 2019.3.16~19

5/17に「音屋吉右衛門ライブ」のことを書いた後、中断していた3月の大阪・奈良への旅記録の観光&グルメ編。

この旅での私の担当は、宿泊予約と、ライブ会場である「なんばHATCH」関連のみ。
私の適切な指示によって早々と立ち見の列へ並んだおかげで、ポスターをもらえたし、座ることもできたのだから、任務は完璧(^^;


2月初旬このライブのチケットを入手した頃は、私だけが「超・多忙」だったから、あとのことはすべて相棒クンまかせ。
食にこだわらない私とは違い、相棒クンは念入りに調べるタイプなので、任せても大丈夫なわけで…。
今回、ヤツは「食」だけでなく、さらに「観光」についても毎晩ネットで調べていたらしい。
こんなのどう?とか聞かれた記憶はあるが、こちらは非常に忙しかったから、適当に聞き流していた…と思う。



ライブ後の夕食は、梅田に戻って、茶屋町の割烹そば神田というお店。
まともに飲んで食べたら、かなりの高額支払いとなるようなお店だったかも…なんだけど、ライブドリンクは、ふたりともビール。
その分お腹に入る量が少なかったから、助かった(笑)

このお店、お料理だけじゃなく、日本酒も本当に美味しかった。
ほとんど画像はないけど(''◇'')ゞ

2019-03-16-11大阪の夜




16日は、微妙な空模様ながらも、傘の出番はなかったが、翌17日は、ホテルから梅田スカイビルの地下駐車場へ行く頃に、ついにぽつり…と。
今すぐに傘が必要になるほどではないものの、この後は次第に本降りになっていきそうな気配。
降り出す前に、早く地下道へ入りたいなぁ~と思ったそのとき、相棒くんが見つけた大都会ならではの光景。

ビル in ビル?…(^▽^;)
2019-03-17-1大阪の朝



雨はまだほとんど降っていない中、奈良到着。
奈良へは、車で何度か来ているけれど、かなり久しぶり。
大阪からは、遠いような近いような…微妙な距離に感じた。

まずは「入江泰吉記念奈良市写真美術館」

2019-03-17-2奈良市立美術館

2019-03-17-3奈良市立美術館

ここの建物設計は黒川紀章氏。

もう少し、建物全体を存分に眺めることができる場所があればいいのだけれど。
中の展示を見終わって、建物の写真を撮りたいと思った頃には、本降りになってしまったこともあって、建物撮影は中途半端。


写真家の入江泰吉氏のことは存じ上げなかったが、非常に上品な正統な写真…という印象。
いい言葉が見つからないが「湿度が高めの写真…」を撮る方。
被写体がしっとり写っているというか、つまり乾いていない…。
語彙が少なくて情けない(;´∀`)


それにしても…。
奈良の道は車で走るには向いていない。

この美術館もそうだったけれど、ナビの指示通りに行って、この道は車では入れないだろう~みたいな道が、そこへ唯一車で行ける道。
運転はけっこう上手なはずの相棒クンが、この道はこの車では無理…と言いながらも、そこしか道がないので、そこを進んでいくと、その先の駐車場には、うちの車よりもっと大きい車が停めてある。

奈良にお住いの方々は、みなさん天才的に運転がお上手と思われる。


雨が本格的に降り出したので、計画変更しなきゃと言いながらも、奈良へ来たからには三輪そうめんということで、いちばん有名店へ。
三輪そうめんのお店「山本」
かなり以前にも来たことがあるけれど、食事処はさらに広くなって、観光バスも入るような施設に。

2019-03-17-4三輪そうめん山本
写真は、相棒くんが食べた、ひねもののそうめん。
私の食べたにゅうめんの写真はないけれど、そちらは柿の葉寿司やくず餅がついていた。
けっこうお高いのだけれど、美味しい。

それにしても、「小麦粉・塩・水」までは同じ材料なのに、うどんとそうめんで、これほど値段の差が出るのはなぜ?

あ、でも…。
うどんが安いのは、香川県だけか~(笑)


雨がどしゃ降りになってしまったので、予定していたならまち散策は中止することにした。

ただ、前日の大阪で飲んだ冷酒が奈良の春鹿酒造のもの。
その冷酒は、なかなかいけた。
で、お店がならまちの中にあるらしい。
雨の合間を縫って、そのお店へだけ行き、超・辛口酒2本購入。

その後、また大雨、そしてまた小雨と、この日はホント、きまぐれな空模様。
とりあえず、雨がしのげる建物がある場所へ行こうと思い、美術館や博物館などで検索したら、秋篠焼・秋篠窯がヒット。


ふたりとも、日常使いの陶器は好き。
旅先で、地元の窯元に入ることもある。
窯元なら建物内だろうから、行ってみようということになった。
が、秋篠焼といっても、窯元はどうやらその1軒のみ?
スマホ検索だと、秋篠寺のすぐ近く。

また狭い道を走って行くが、先に秋篠寺が目に入り、しかし車のナビだと秋篠窯は全然場所が違う?

とりあえず秋篠寺へ入ってみる。
これが、思いがけずよかった。
ちょうど、直前までどしゃぶりだった雨が上がり、陽射しも出て、苔がきれい。

2019-03-17-5秋篠寺

2019-03-17-6秋篠寺

2019-03-17-8秋篠寺

2019-03-17-9秋篠寺

2019-03-17-10-2秋篠寺

2019-03-17-10秋篠寺



車のナビコさんがあてにならないので、秋篠窯は行けないかも…と思っていたら、お寺の反対側の門の近くで、窯元の小さな案内板。

秋篠窯は、思っていたのとは違い、手が出せない高級品の染付作品中心の展示室。
でも、この地の土を使った秋篠焼として、私好みの若竹色?の釉薬を使った器類(それもどちらかといえば、訳あり的な出来具合の器)があったので、お皿を1枚だけ購入。

日常使いとしても、それに訳ありとしても、やや値段設定は高めだとは思う。
でも、この色合いが好きなので購入。

2019-03-17-10-3秋篠寺




この日の夕食はイタリアンのトラットリア・ピアノ というお店。
相棒クン、本当にこういう「食」に関する下調べは、ぬかりがないっ (笑)
めちゃ美味でした(^_-)

2019-03-17-11奈良の夜

2019-03-17-12奈良の夜

2019-03-17-13奈良の夜

2019_06
04
(Tue)21:56

第2056回「2019年の抱負は達成できそうですか?」

年頭に抱負を立てたことなんてあったっけ?(*´ω`*)

…ってことで(苦笑)。
今年の抱負なるものが、存在しておりませぬが、それが何か?…ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3

元来ナマケモノなもので、抱負が達成できるとかできないとか、そんなところまで到達することもなく人生を終えそうな気がしております。


ま、ナマケモノは、抱負などという大それたものは抱かないものの、目先の小さな目標(と言えるほどのものではないけど)くらいは持っていて、このところ、ず~っとためこんで、遅れがちだったブログ更新が、ようやく現在の日付に近づいているので、そのささやかな目標達成のめどは立った?…のかも(;^ω^)


自分の自分による自分のための「この場所」

めどが立った…ような気はしているものの、まだ細かいデータ整理は残っているので、けっして焦ることなく、自分流でゆっくり…と(=^・^=)

2019-03-17-7秋篠寺


撮影日   2019年3月17日
撮影場所 秋篠寺